とき子のインナートリップ

 

 

 混沌  ・・・・  泣きたい時は泣いてもいいよ


 

 

 

 

 

泣きたい時は泣いてもいいよ  ・・・・  でも自分を信じて、明日は必ず来る

 

 

 

 20代は悲しみと共に幕を開けた。余りにも幼すぎた私が挫折感を味わうのは当然のなりゆきだったのだろう。若くして結婚した私は長男の出産後、ときを待たずして夫の心変わりを知った。傷は深く人間不信はその極みに達し長いこと立ちあがれないでいた。足元の大地が崩れ行く、白い風が体の中を駈け抜けて、もう戻れないという喪失感。夕暮れの闇に遠く小さな灯りが浮かぶとたまらずに一人泣いたものだ。そうして私の腕の中には腹を痛めぬ子があった。すべては自分が決めたことだった。が、可愛がりたくとも可愛がれない自分に苦しみは増し、「どうしてあなたは私のお腹から出てこなかったのか」と赤子を抱いてまた泣いた。愛に飢えすっかり自信をなくした私は嫌なことも嫌とも言わず、苦しいことを苦しいとも言わず、痛いことを痛いとも言わず、自分を閉ざすことで平静を保った。どんなに苦しくとも夫の傍にいたかったのだ。


 みえざる傷と二人の子供を抱えて当たり前のような顔をした私の奮闘が始まった。たまに夫が子供を見てくれることがあるとひとりで買い物に出かけた。そんな時はまっすぐ家に帰る気になれずに雑木林の中でうずくまった。一人きりでぼんやりするとようやく戻ろうという気持ちになれるのだった。                            

 夫が会社を辞め事業を始めた頃には私は四人の子持ちになっていた。しかしこれが上手く行かなかったのである。負債を抱えた私たちは追われるように転々とした。やがて夫は家に居つかなくなり…。私は子供達の笑顔に支えられていた。子供達は明るく小麦粉で作ったねぎしか入っていないうどんを「おいしい、おいしい。」といっては食べ、笑った。お母さんはうどん作りの名人だ。が、取立ての電話は容赦なく、家賃を払えない私たちが追い立てを食らうのも当たり前。私は少しずつ追い詰められていった。なくなる時はすべてが一度になくなる、夫の愛もお金も食べ物も人間というレッテルさえも。         

 自分が今、断崖絶壁にいるのを感じる。どうして私だけ、これがどうして私なんだ。私は荒波に揉まれる木の葉一枚と同じ。もはや何も考えられなかった、もうおしまいだ。頭の中が真っ白になって意識が遠のいて行く…。                   

 そうして…それはやってきた。

 


 

 

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